no title1: 動物園φ ★@\(^o^)/ 2016/04/24(日) 05:35:08.90 ID:CAP_USER.net
朝鮮新報

高句麗壁画を端緒とする朝鮮絵画は、新羅、百済の三国時代を経て、西暦918年に建国された高麗王朝で特に仏教画として昇華した。

この時代は絵画面ばかりでなく、科学と文化で世界に誇る発明と発見が続々となされた時代だった。金属活字の最初の発明家と言われたグーテンベルクより2世紀も先立って金属活字を発明したのは高麗人である。また今も陶磁器の至宝とされる神秘的な翡翠色に輝く高麗青磁を創造し、火薬を使った先進兵器を発明したのもこの時代である。その他にも16年の歳月をかけて木版に刻んだ仏教経典の「八万大蔵経」などを刊行もした。

文化が百花繚乱と花開いたこの時代にあって国家の手厚い保護を受けた仏教文化は数々の仏教芸術品を生んだ。その中でも高麗仏画は精密でかつ繊細な筆致と金泥をふんだんに使った鮮やかな色彩と美しい文様表現で、仏教美術の精華を示す絵画と評価されている。

■日本人の責任から目逸らす

しかし朝鮮民族の貴重な文化的遺産というべき高麗仏画は、朝鮮にほとんど残されていない。

ちなみに新羅、百済の絵画もまったくないと言ってよい。

現在、百済の絵画として残されているのは、忠清南道の宋山里第6号古墳に描かれた四神図と扶余郡陵山里古墳の壁画のみである。新羅も同じく、慶尚北道慶州郡より出土した瓦当に刻まれた狩猟図と宝相華文と皇龍寺の壁に率居という画家が描いた「老松図」だけである。

新羅、百済の両国も仏教を国教とし、仏教文化が隆盛を極めた。国都を中心にして壮大な大伽藍が建てられ、寺の白壁には「菩薩像」や「観音像」が色彩豊かに描かれていたに違いない。

日本人学者は、それらが失われた原因について百済は滅亡時に唐・新羅の連合軍によって徹底的な破壊にあったためとしている。新羅については政権移譲の革命(高麗)と戦火によるとしている。

朝鮮絵画が喪失した理由を一方的に朝鮮にその原因があったと強調しながら次のようにも言っている。

鮎貝房之進は朝鮮絵画が「惜しいかな朝鮮にありては、当代の絵画伝来の正しきものはひとつとして存在していない」(「朝鮮」第40号)藤田亮策も「遺憾ながら今日、(絵画が)朝鮮に極めて稀にして、見ること困難である」(「青丘学叢」第1巻3号)

朝鮮絵画の研究者と称する日本人は異口同音で高麗仏画などが遺存していないことを嘆いているが、問題はその原因について日本人の責任をそらしていることである。

http://chosonsinbo.com/jp/2016/04/0411sk/

引用元: 【話題】失われた朝鮮の文化財はどこへ?倭寇と秀吉軍と日帝が略奪、破壊した

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