ニダアル速報+

ニダアル速報+

韓国 北朝鮮 中国 プラスαのニュースをお届けします


    1: 蚯蚓φ ★ 2017/05/28(日) 23:22:17.80 ID:CAP_USER
    「あの時、私は足をひきづって行き、彼女の死体を見た。死んでいる姿は本当に血なまぐさかった。口の周囲から薄黄色い液体が流れ出て、その液体を囲んで熱帯地方で見られる小さなウシアブが真っ黒にたかっていた。そして下半身は拳ばかりの大きさのゴムほおずきみたいなものが押し出されていた。それは激しい摩擦によって子宮が引っ繰り返って出たものだった。その死体を片付けながら倭奴の情夫が言った。大日本帝国のために誉れある最後を迎えたと。」
    (小説『かあさんの名は朝鮮ピーだった』の一部)

    日本軍慰安婦の惨状が人々にまず知られたのは小説を通じてだった。1981年、女性中央の公募に「風壁の娘たち」で登壇したユン・ソンモは翌年「かあさんの名は朝鮮ピーだった」という中編小説を韓国社会に投じた。幾多の朝鮮人の娘を集めたという噂はあったが、誰も口に出すことができなかった頭の中から消してしまった「母」たちの物語だった。

    文人であると同時に親日派研究の先駆者である故イム・ジョングク先生が81年に発行した<従軍慰安婦実録>がその契機になった。ユン・ソンモ作家はイム・ジョングク先生の親日文学論(1966年)以後の彼の作品をすべて読む途中、従軍慰安婦実録を見て大きな衝撃にうけたと言う。

    ユン・ソンモはこの小説に付けた「年譜」で次の様に書いている。「イム・ジョングク先生の「従軍慰安婦実録」を読んで身体が震えた、世の中で私たちの母親たちが、こんなさげすみを受けていたと言うのか。それも20万人にも及ぶ女性たちが。」すぐ翌日、5歳の娘を背に負ってイム・ジョングク先生を訪れたと言う。

    no title

    ▲ユン・ソンモ作家。

    「先生のお話は「私は業務日誌を証言するから、あなたは小説を書きなさい、すべてのキャラクターを人々が易しく理解できるように書きなさい。実録みたいな人文科学では硬くてあまり読まれないが、小説は人々に親和力があって大衆化できる。慶南地方で多くの狩りがあったから、それも考慮すると良いだろう。」と言い、それで馬山で狩りにあった子供を主人公にしたという。

    「この作品が出るまで文壇で慰安婦あるいは日本軍強制慰安婦が登場したのはキム・ジョンハン(1908年-1996年)の修羅道(1969)や沖繩から来た手紙(1977)程度だった。しかし、ここでも登場人物の中で誰かが日本軍強制慰安婦で引かれて行く危機に瀕したというふうに短く言及されているだけで、慰安婦の実像について扱った小説は存在しなかった。

    「被害者たちはみな口をつぐんでいるから分からないし、学徒兵に行った人々もとても残忍だから話すのが嫌だったと思います。現場を見てちょっと知らせたかったよ。」

    ユン・ソンモは高校2年の時の友人から聞いた被害者を始め、百方、慰安婦ハルモニたちを捜し回ったが失敗した。キム・ハクスン、ハルモニの初証言が出たのがその後10年後の91年だから、当時、ユン・ソンモ作家が被害者に会うことは、もしかしたら初めから不可能だったのかもしれない。本と資料にしがみついて慰安婦被害者たちの悽絶な死の業務日誌が残っていたフィリピン・ルソン島まで行って作品を書くことができた。
    (中略:その後の活動)

    「被害国、東アジアで翻訳された本は92年まで私のものしかなかった。ドイツもすべて回った。ちょっと小さい村まですべて回った。オーストラリアでもメルボルン、シドニー、モナシュの3つの大学を回って真相を説明した、モナシュ大学では短い演劇まで作った。連日、強行軍だったからとても大変で、モナシュ大学のキャンパスの椅子に座って泣きました。陽光がさんさんと照ってたその時…風が通り過ぎて、その風が慰安婦に引きづられて行って帰って来られなかった方々の寃魂、その方々のため息に感じられました。気分がすっきりして、すくっと立ち上がって講堂に行ったら、子たちが待っていました。」

    >>2-5あたりに続く

    ソース:メディアトゥデイ(韓国語) 「一人で泣いた時、吹いて来た風が、慰安婦の寃魂で感じられた.」[企画-「慰安婦」②-2]
    http://www.mediatoday.co.kr/?mod=news&act=articleView&idxno=137000

    引用元: 【慰安婦問題】 「一人で泣いていたら吹いてきた風に慰安婦の寃魂を感じた」~小説で慰安婦実像告発したユン・ソンモ氏[05/28]


    クリックで応援してね!→

    続きを読む
    ★この記事をツイッターにRTする!


    no title1: ダース・シコリアン卿 ★ 2017/05/28(日) 21:05:40.09 ID:CAP_USER
    2017年5月28日、中国版ツイッター・微博(ウェイボー)で、中国のために良いことをしてくれた日本の首相4人について紹介する投稿があった。

    投稿者は、「日中の蜜月期は、田中角栄から始まり、三木武夫と福田赳夫の時に発展し、大平正芳の時代に最盛期を迎えた」と紹介。

    日本の対中援助は1979年から始まったが、これには有償資金協力のほか、資金と技術協力を含むと指摘した。

    また、2009年までの援助総額は3兆6412億円に上り、中国はこの援助された資金によって鉄道や発電所などのインフラ整備を進めたと紹介。

    08年に有償資金協力は終了したものの、無償資金協力と技術協力は続いており、09年の対中ODAは6300万ドル(約70億円)だったと伝えた。

    これに対し、中国のネットユーザーからは「でも政府が全然宣伝しないから誰も知らないよ」とのコメントが寄せられた。

    確かに日本による援助を知る中国人は多くはない。

    また、「日本をボイコットするなら、援助もボイコットしないと」との意見がある一方で、「抗日戦争でのわれわれの損失はどれほどだっただろうか?日本は賠償したのか?」と、日本による援助は当然との主張もあった。

    ほかには

    「80年代でも日本は尖閣諸島を実効支配していたのに、なぜそんなにも友好的だったのだ?」
    「80年代の蜜月期に、中国は日本の良いところを宣伝し、国民はほとんど反日感情を持っていなかった。今は日中関係が緊張しているが、この30年で日本は何か悪いことをしただろうか?だから国の世論誘導は悪い作用となる」

    との指摘もあった。

    Record china 配信日時:2017年5月28日
    http://www.recordchina.co.jp/b179565-s0-c60.html

    引用元: 【三角大福】中国のために良いことをしてくれた日本の4人の首相―中国ネット(微博)[5/28]


    クリックで応援してね!→

    続きを読む
    ★この記事をツイッターにRTする!


    1: ばーど ★ 2017/05/29(月) 06:26:32.88 ID:CAP_USER9
    北朝鮮が東部から飛しょう体発射 韓国 連合ニュース

    5月29日 6時23分

    韓国の通信社の連合ニュースは、北朝鮮が29日朝、東部のウォンサン(元山)から何らかの飛しょう体を発射したと伝えました。韓国軍が詳しい情報の収集を急いでいます。
    日本政府は、北朝鮮がミサイルを発射した可能性があるとして、情報の収集にあたるものと見られます。

    http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170529/k10010998481000.html?utm_int=all_contents_just-in_001

    引用元: 【速報】政府 北朝鮮からミサイル発射 排他的経済水域内に着水の可能性(06:22)


    クリックで応援してね!→

    続きを読む
    ★この記事をツイッターにRTする!

    このページのトップヘ