武器輸出規制の緩和、スパイ防止法、国旗損壊罪…。戦後平和主義からの転換とされる政策が続くなか、慶應義塾大学法学部教授の片山杜秀氏は今日の政治状況について、「全体主義化した昭和10年代に似ている」と警鐘を鳴らします。片山氏が気鋭の政治学者・田中駿介氏と語り合った最新刊『国家が戦争に向かうとき 昭和10年代に回帰する日本の現在地』(朝日新書)から、一部を抜粋・再編集してお届けします。
(略)
■冷え込む日中関係
田中 高市政権になって日中関係が一気に悪化しました。25年11月の高市首相の国会での「台湾有事」に関する答弁、台湾を完全に支配下に置くための中国の手段が「戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得る」という発言がきっかけです。
片山 26年1月に上野動物園の2頭のパンダが中国に返還されて日本にパンダが1頭もいなくなりました。中国のパンダは1972年の日中国交正常化、田中角栄首相が訪中して日中共同声明に調印した見返りとして上野動物園にやってきました。ランランとカンカン(笑)。小学生だった私でも、パンダのぬいぐるみを大事にしていたんですよ。パンダ・ブームのメディアでの旗振り役は黒柳徹子さんで。それ以来50年以上、パンダは日本にいつもいたわけです。中国は蔣介石の時代から「パンダ外交国家」ですよね。F・D・ルーズヴェルト政権が対日戦争をやる重慶政府への援助に一歩踏み込むときも、蔣介石夫人の宋美齢らのパンダ贈呈の約束が一役買っていたのですから。中国がパンダを貸し出さないとなると、かなり嫌われていると思わねばならない。近年の日中関係はそういう方向になっていたけれども、日本にパンダがいなくなると、「ついに中華人民共和国との関係はここでいったんリセットされた」ということがハッキリします。未来の日本の歴史教科書にはパンダのいたときといなくなったときで時代を区分するかもしれませんよ。半ば冗談ですが、パンダの有無こそが日本国家の存立に関わる気もしますね。
田中 日中関係の悪化には、中国とのパイプを持つ公明党の政権離脱も大きく影響していますよね。創価学会の池田大作氏の「創価学会は仏教団体でもありますので、今の中国は社会主義体制で、日蓮大聖人の御書を送っても、仏教書ということでなかなか相手に届かない時代であります」(「周総理と池田先生」三津木俊幸、「創価教育研究」2002年)から宗教活動はしないという方針のもと、公明党はいわば外交という「実利」を追求して中国とのパイプを強くしていきました。
■保守政治の変質
片山 60~70年代で言うと、自民党には河野一郎や松村謙三など対米自立論者が大陸とのパイプを作っていましたし、もっと遡ると石橋湛山の子分になっていた元陸軍参謀の辻政信は北京で周恩来と秘密裡に会談していたのでしょう。50年代、鳩山一郎内閣とその次の石橋湛山内閣がソ連や中国との国交を開こうとしました。辻のようなかつての関東軍参謀もその線で動いていたのでしょうね。ソ連とはうまくいきましたが。石橋首相が就任直後に病気で倒れず、その内閣が何年か続いていたら、もっと早く台湾よりも大陸にシフトしていた可能性が高い。中華人民共和国と国交を開き、パンダも10年以上早く来日していたかもしれません。
しかし石橋のあと岸信介が首相になって「60年安保」でしょう。反共がアジア主義を抑えた格好です。日中関係が動かなくなった。その間、公明党がいろいろやって、72年の日中国交正常化に至るわけです。そういう歴史の流れを考えると、公明党が政権離脱してから中国との関係が悪化したというのは、非常にわかりやすい展開です。
もちろん、自民党の反共は一貫しているところがあります。吉田茂は共産国とつき合う必要はないという立場で、鳩山のソ連接近には猛反対していた。仲の悪い吉田と岸でもその点は一致していました。鳩山や石橋や河野とは一致していなかったけれども。つまり自民党には、「反中国、反ソ連・ロシアでやるのが党是」というような「反共ノリ」の体質が長年あるわけです。
そして言うまでもなく、戦後日本の反共の師匠はアメリカです。反共の総本山ですね。マッカーシズムに赤狩り。特に朝鮮戦争以来。高市政権にもそのノリを保っていれば大丈夫との信仰があるのかもしれません。ある意味、クラシックですね。
しかし日本もアメリカも、国力やポジションは変わっていくし、国際情勢も流転します。だいたい現在の中華人民共和国はかつての共産主義国とはだいぶん趣を異にしている。それなのに時流に即した柔軟性が今の自民党からは感じられません。
全文はソース先で
6/17(水) 7:30 AERA DIGITAL
https://news.yahoo.co.jp/articles/393f1912e5319c3b7faa8da2015ab80eaa91e38a
(略)
■冷え込む日中関係
田中 高市政権になって日中関係が一気に悪化しました。25年11月の高市首相の国会での「台湾有事」に関する答弁、台湾を完全に支配下に置くための中国の手段が「戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得る」という発言がきっかけです。
片山 26年1月に上野動物園の2頭のパンダが中国に返還されて日本にパンダが1頭もいなくなりました。中国のパンダは1972年の日中国交正常化、田中角栄首相が訪中して日中共同声明に調印した見返りとして上野動物園にやってきました。ランランとカンカン(笑)。小学生だった私でも、パンダのぬいぐるみを大事にしていたんですよ。パンダ・ブームのメディアでの旗振り役は黒柳徹子さんで。それ以来50年以上、パンダは日本にいつもいたわけです。中国は蔣介石の時代から「パンダ外交国家」ですよね。F・D・ルーズヴェルト政権が対日戦争をやる重慶政府への援助に一歩踏み込むときも、蔣介石夫人の宋美齢らのパンダ贈呈の約束が一役買っていたのですから。中国がパンダを貸し出さないとなると、かなり嫌われていると思わねばならない。近年の日中関係はそういう方向になっていたけれども、日本にパンダがいなくなると、「ついに中華人民共和国との関係はここでいったんリセットされた」ということがハッキリします。未来の日本の歴史教科書にはパンダのいたときといなくなったときで時代を区分するかもしれませんよ。半ば冗談ですが、パンダの有無こそが日本国家の存立に関わる気もしますね。
田中 日中関係の悪化には、中国とのパイプを持つ公明党の政権離脱も大きく影響していますよね。創価学会の池田大作氏の「創価学会は仏教団体でもありますので、今の中国は社会主義体制で、日蓮大聖人の御書を送っても、仏教書ということでなかなか相手に届かない時代であります」(「周総理と池田先生」三津木俊幸、「創価教育研究」2002年)から宗教活動はしないという方針のもと、公明党はいわば外交という「実利」を追求して中国とのパイプを強くしていきました。
■保守政治の変質
片山 60~70年代で言うと、自民党には河野一郎や松村謙三など対米自立論者が大陸とのパイプを作っていましたし、もっと遡ると石橋湛山の子分になっていた元陸軍参謀の辻政信は北京で周恩来と秘密裡に会談していたのでしょう。50年代、鳩山一郎内閣とその次の石橋湛山内閣がソ連や中国との国交を開こうとしました。辻のようなかつての関東軍参謀もその線で動いていたのでしょうね。ソ連とはうまくいきましたが。石橋首相が就任直後に病気で倒れず、その内閣が何年か続いていたら、もっと早く台湾よりも大陸にシフトしていた可能性が高い。中華人民共和国と国交を開き、パンダも10年以上早く来日していたかもしれません。
しかし石橋のあと岸信介が首相になって「60年安保」でしょう。反共がアジア主義を抑えた格好です。日中関係が動かなくなった。その間、公明党がいろいろやって、72年の日中国交正常化に至るわけです。そういう歴史の流れを考えると、公明党が政権離脱してから中国との関係が悪化したというのは、非常にわかりやすい展開です。
もちろん、自民党の反共は一貫しているところがあります。吉田茂は共産国とつき合う必要はないという立場で、鳩山のソ連接近には猛反対していた。仲の悪い吉田と岸でもその点は一致していました。鳩山や石橋や河野とは一致していなかったけれども。つまり自民党には、「反中国、反ソ連・ロシアでやるのが党是」というような「反共ノリ」の体質が長年あるわけです。
そして言うまでもなく、戦後日本の反共の師匠はアメリカです。反共の総本山ですね。マッカーシズムに赤狩り。特に朝鮮戦争以来。高市政権にもそのノリを保っていれば大丈夫との信仰があるのかもしれません。ある意味、クラシックですね。
しかし日本もアメリカも、国力やポジションは変わっていくし、国際情勢も流転します。だいたい現在の中華人民共和国はかつての共産主義国とはだいぶん趣を異にしている。それなのに時流に即した柔軟性が今の自民党からは感じられません。
全文はソース先で
6/17(水) 7:30 AERA DIGITAL
https://news.yahoo.co.jp/articles/393f1912e5319c3b7faa8da2015ab80eaa91e38a
引用元: ・【AERA】何が日中関係を悪化させるのか 専門家が読み解く日本政治の変質…「全体主義化した昭和10年代に似ている」と警笛 [6/17] [ばーど★]
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